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Tuesday, October 1, 2013

Nocturne

大学の英文学の授業でシェークスピアの「ハムレット」についてのプレゼンがあり、 
一文も漏れ残すことなく、ひとつひとつ意味を考えながら読んだことがありました。 
デンマークの王子様のお話。
 ネイティブに混ざってのプレゼンなので、発音や話し方で誤解を与えないように、 
また小学生のような内容にならないように、 準備に何日も費やしました。
 寝る暇もないほど大変だったけれど、今はとってもいい思い出。 
なのにすべてのプレゼンが終わったあと、教授が簡単に放った一言が衝撃でした!
 「Too much thinking. ハムレットはね、考えすぎちゃったんだよ」 
「えっ・・・ハムレットをひとことで片付けたよ、この人・・・」と思ったよ。 

 伯母の部屋に遊びにいくのが、子供の頃から好きでした。 
美術の先生だったり、外国に住んだり、秘書だったり、建築の勉強をしたり。
 そんな多才な伯母の部屋はたくさんの道具や本をはじめ、
 見たことのない面白いもので溢れていました。 
そんな伯母の部屋の本棚にあった一冊の本。
 母が「あなたは感受性が強いから読んじゃダメよ」と言って、
読ませてくれなかった。


12歳くらいのときのことです。 
そんな本を、
数年前にバンクーバーのBook Off(今はもうないのです)で見つけたときは、 
びっくりするよりもやっと読める年齢になったのだと思いました。 
12歳の頃なら読んでもよく分からなかったと思うけれど、
 確かに今より若い頃だったら感化されていたのかもしれない。 
エツコさん(著者のことです)の考える力。 読書量。 
なんて未熟なんだ〜と自分を責めていた彼女だけれど、 
20歳にしてこんなに考えることができる人間はそうそういないと思うのです。
 私なりにたくさんのことを考えながら大人になったと思うけれど、 
きっと彼女の思考力の半分も、私は持ち合わせていなかったんじゃないかなあ。 
若さと無知は比例しているのだから、それを恥じることはない。 
でも悩むことが大人になるってことなんだよね。 
残念ながらエツコさんは自らこの世を去ってしまったけれど、 
もし同じ時代に生まれていたら、私はどんな生き方を選んだかな。 
彼女のような「考える力」をきちんと持てていたのかな。 
彼女が生きていたら60代。 
もし違う道を選んでいたら、彼女は今、この世界のことをどう見つめていたのかな。 
時代と思想の重みを感じます。

 “独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。”

 彼女の有名すぎる言葉。 でも次の言葉にも切なくなります。 

“人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、 
不完全でありその不完全さを克服しようとするところにあるのだ。 ” 

学生運動が盛んだった時代。 
自分の立ち位置を白か黒で決めなければならないと感じていた時代。 
その時代を生きていない私には理解できないこともたくさんあるけれど、 
あなたが言ったその言葉の通り 人間はどの時点に立っていたって、
常に未熟なものものではないのかな。 それはあなただけのことじゃなかったのに。

 将来のこと、恋愛のこと、家族のこと。 
太宰にジャズにシアンクレール。
 シュプレヒコールと暴力のツアイトガイストの中で、 
大好きなショパンを聴きながら、
 ハムレットのようにいろんなこと 考えすぎてしまったんだね。 


Thursday, September 26, 2013

The Prophet


あるお友達、生き方も何もかも素敵で憧れています。 
彼女に教えてもらったことを私の中で貯蓄し、
それをどんどん熟成させて、 
私のパーソナリティーのパーツになっていったらいいなとずうずうしくも思っています。そんなお友達がブログに書いていた一冊の本。 
読んでみたいなと思って取り寄せて早数ヶ月が経ちますが、 
最初に一度通して読んだときは難しくてボーッとしてしまいました。 
その後そのお友達に「英語の本を買いました」と手紙を書いたら、 
日本語訳のものを送ってくれました。 
掌サイズの美しい本。 
佐久間彪さんの訳はとても丁寧で 
ひとことひとことを大切に訳したんだろうなあと感じます。 
英語訳と照らし合わせながら読んでいました。 


少し前に、なんだかどうしようもなく苦しくて、 
どうしたらいいのかわからなくなってしまったことがありました。 
そのときに開いた「苦しみについて」の章。 
短い章ですが、読んでいて涙があふれました。
 言葉がストンと心に落ちるタイミングがあるんだなと、
そのとき改めて気付いたのです。 
一気に読むのもいいけれど、
聖書のように そのときの気持ちに合った箇所を読むのが
私には合っているのかもしれません。


いつもヘラヘラしているのか何なのかわかりませんが、 
よく悩みなさそうだよねとか、幸せそうで羨ましいと言われます。
 でも、人生が思い通りに進んでいる人なんているんでしょうか。
 悲しくならない人がいるんでしょうか。


レバノンで生まれアメリカで学んだ著者のカリール・ジブランは 
哲学者だけでなく画家や詩人としても活躍したそうです。 
彼がどんな人と会い、どんな人生を歩んでいたのか、
とても気になってしまいました。
 愛について、家族について、教えることについて、祈りについて・・・ 
「予言者」には生きるためのアイディアやエッセンスがたくさん詰まっていて 
気付くことがたくさんあります。 
きっとこの先も、何度もページを捲るんだろうな。
 好きな節はいっぱいあるのですが、 
私のように、誰かが何かに気付いてくれたらという思いを込めて 
その中から「苦しみについて」をシェアしますね。
 今日は脈略のない内容でごめんなさい。

===


 苦しみ、それは、あなたの理解を被っている殻が壊れること。
 果実の芯が陽に触れるためには、
まずその核(たね)が壊れねばならないように、
あなたも苦しみを知らねばなりません。 
あなたの日々の生活に起こるさまざまな奇跡へのおどろき。
それを心の中に常に生き生きと保てたなら、
苦しみも喜びにおとらず不思議に溢れていることがわかるでしょう。
 田畑の面を過ぎて行く季節を、いつも自然に受けとめてきたように、
心の季節もあなたがたがそのまま受けとめられたなら。
苦しみの冬を通しても、晴朗さをもって目をみはっていられたなら。 
苦しみの多くは自ら選んだもの。
 それは、あなたがた自身のなかの、うちなる薬師(くすし)が、
病んでいる自分を癒そうとして盛った苦い苦い一服。 
それゆえに、この薬師を信じなさい。
そしてその薬を沈黙と静穏のうちに飲みほしなさい。 
なぜなら、その手がどんなに耐えがたく厳しくても、
「見えない方」の優しい手で導かれているのですから。 
そのもたらす杯がどんなにあなたがたの唇を焼こうとも、
「陶工である方」がご自分の聖なる涙でしめらせた土でつくられているのですから。

P.69-70

カリール・ジブラン「預言者」佐久間彪・訳(至光社)




*ところで英語版のほうはこの間も載せたオーブリー・ビアズリーの挿絵です(^^)

Saturday, August 24, 2013

An Old Book


「君の好きな本を見つけたよ」と古本屋さんで主人が買ってくれたのは
オスカー・ワイルドの全集。
ネイビーブルーの革表紙、ゴールドの小口、
モザイクのような模様のカラフルな見返しに、ビアズリーの挿絵。
30年前に出版されたものなのでゴールドはすこし剥げてしまっているけれど
全体的にしっかりしていてとても美しい本です。
扉の部分には以前の持ち主の名前が筆記体で書かれていて
作品のいくつかには走り書きや罫線が引かれています。
子どもの頃は本の中に何か書いたりすることは低俗なことだと思っていたのですが、
今では逆に味があって、それを見るのも楽しみになりました。

これまで読んだことがあるのは小説(とくに短編)がほとんどで、
ワイルドがこれほどたくさんの詩を残していることは知りませんでした。
今は他の本を3冊ほど併読しているので、
ワイルドは冬まで楽しみにとっておこうと思います。

Thursday, August 22, 2013

Afternoon with Holden

本当に僕が感動するのはだね、
全部読み終わったときに、これを書いた作者が親友で、
電話をかけたいときにはいつでもかけられるようだったらいいな、と、
そんな気持ちを起こさせるような本だ。

J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて (野崎孝・訳)」より抜粋


10年前に同じ語学学校に通っていた友人が帰国する際にくれたサリンジャー。
日本に行ったときに持って行って以来、実家に置きっぱなしになっていたのですが、
最近再読したくなったので、母に頼んで送り返してもらいました。
日本とカナダを何度も往復した本。
上の抜粋は私がこの本の中でいちばん好きな節です。
野崎さんの訳、リズム感があって読みやすいです。
機会があれば村上春樹さんの訳でも読んでみたいな。

Saturday, August 17, 2013

Two Capriccio Pieces

誰かに曲を作って贈れること、 なんて素敵なジェスチャーだろうって思います。
 曲でなくても、相手への想いを絵や香りで表現できたら、
それもとってもカッコいいな。

 ヨハン・ゼバスチャン・バッハ(以下バッハ)は若い頃、 
長兄、次兄それぞれのために曲をつくりました。 
次兄のヨハン・ヤーコブがオーボエ奏者として 
スウェーデンの軍隊に参加し遠征することになったときに贈ったのが 
「カプリッチョ 変ロ長調 BWV922」。
 バッハが19歳のときの作品だそうです。 
曲には「最愛の兄の旅立ちにあたって」という表題がついており、 
楽章すべてにはそれぞれストーリーがあるのです。 
CDを持っていないので、
youtubeで有名なウィリアム・ケンプ氏、レオンハルト氏、 
そしてグルダ氏の演奏を代わる代わる聴いています。 
ピアノで聴くのと、チェンバロで聴くのでは、雰囲気がとても違います。


もうひとつは長兄のヨハン・クリストフにあてて書かれた作品、
「カプリッチョ ホ長調 ヨハン・クリストフを讃えて」です。


幼い頃に両親を亡くしたバッハは、義母と共に暮らせなくなると
14歳年の離れた長兄に引き取られ、チェンバロの基礎を教え込まれたのですが、
すでにオードルフでオルガニストとして活躍していまたお兄さんは
貴重なオルガンの楽譜をたくさん持っていたにもかかわらず
それをバッハに見せることを拒んだため、
バッハは何ヶ月もかけて、月の光を頼りにそれらの楽譜をこっそり書き写したそう。
でも結局はお兄さんに見つかってしまい、
写した楽譜もすべて取り上げられてしまったのです。
そんなことがあっても、バッハは
お兄さんに対しては感謝と尊敬の念を抱き、音楽の勉強を続けました。

私は「彼の曲はこうでああで」と語れるほど音楽に詳しくありませんが、
バッハは作品に表題(サブタイトル)をつけることをあまりしなかったので、
表題のついているこの2つの作品は珍しく、曲調も彼らしくないそうです。
でもこれらの曲は彼が20歳前後の作曲なので、
まだ自分のスタイルが定まっていなかったためなのかな。
でも私は曲それぞれが若々しく、
カプリッチョというようにどこか追いかけきれないメロディで
面白いなと思いました。
バッハは曲にどんな思いを込めたんだろう。
お兄さんたちとどんな話をしたんだろう。
お兄さんたちにとってどんな弟だったんだろう。
いろいろなことを想像しながら、聴いていました。

 Capriccio 'Sopra la lontananza del suo fratello dilettissimo' B-Dur BWV 992 
(Capriccio on the Departure of his Beloved Brother) by J.S. Bach
played by G. Leonhardt (harpsichord), by W. Kempff (piano), by F. Gulda (piano)

Capriccio in honorem Johann Christoph Bachii Ohrdruf BWV 993 
(Capriccio in E major) by J. S. Bach
played by R. Egarr (harpsichord) and by S. Richter (piano)

Friday, August 16, 2013

Literary Persuits

昔の恋がなつかしいので 遠い薔薇を私は思う。 
うなだれた青い前額の そのかみの日の情熱。 
忘却の上に流れる ほのかな匂いの幽霊たち。 
昔の恋がなつかしいので 遠い薔薇を私は思う。 

 堀口大學「遠い薔薇」



小さな船に乗せられて、大きな海原にぽとんと落とされてしまうことになって、
食料とお水以外で何かひとつだけ好きなものを持っていっていいよと言われたら、
私は堀口大學の「月下の一群」を持っていくかもしれない。

〜〜〜

堀口大學の「月下の一群」は春頃に講談社から新装版が出ると知り、
母に頼んで送ってもらったものです。
フランス文学の翻訳者と言えば堀口氏ですが、
私も彼の翻訳がとても好きです。
「月下」には66人のフランス人作家の作品が340編納められています。
諭されるような詩、寄り添ってくれるような詩、愛の詩、憎しみの詩、別れの詩。
ただ悲しくなるようなものもあれば、声に出して読みたくなるもの。
頭の中で反芻してしまうもの・・・
いっぺんに読んでしまうのがもったいなくて、
自分の心のステイとが安定したときに、少しずつページを捲っています。
知っている詩やはじめての作家の作品といろいろありますが、
ここでもいくつか紹介していけたらなと思います。

上の詩は堀口氏本人の残した詩で、「月下」には載っていないのですが、
薔薇を「そうび」と読んだりするところもシャレていていいなあって思います。

Tuesday, August 6, 2013

Summer Sonnet


君を夏の日にたとえようか。 
いや、君のほうがずっと美しく、おだやかだ。 
荒々しい風は五月のいじらしい蕾をいじめるし、 
なによりも夏はあまりにあっけなく去っていく、
 時に天なる瞳はあまりに暑く輝き、 
かと思うとその黄金の顔はしばしば曇る。 
どんなに美しいものもいつかその美をはぎ取られるのが宿命、
 偶然によるか、自然の摂理によるかの違いはあっても。
 でも、君の永遠の夏を色あせたりはさせない、 
もちろん君の美しさはいつまでも君のもの、 
まして死神に君がその影の中でさまよっているなんて
自慢話をさせてたまるか、
 永遠の詩の中で君は時そのものへと熟しているのだから。
 ひとが息をし、目がものを見る限り、 
この詩は生き、君に命を与えつづける。 

ウィリアム・シェイクスピア「ソネット18」戸所宏之・訳 


 ローングウィークエンドもあっという間でしたが、 
今週も田舎道でお野菜を買ったり、お散歩したり、
思い出のある教会を見に行ったり、 
ブルーベリーやピーチでパイを作ったり、夏のお花を束ねたり、
 シェイクスピアの詩を思い出したりしていました。


Monday, July 29, 2013

Summer Scent


月はまだ天のなかに居る。
 流れんとして流るる景色も見えぬ。 
地に落つる光は、冴ゆる暇なきを、重たき湿気に封じ込められて、
 限りなき大夢を半空に曳く。
 乏しい星は雲を潜って向側へ抜けそうに見える。 
綿のなかに砲弾を打ち込んだのが辛うじて輝やく様だ。
 静かに重い宵である。 
小野さんはこのなかを考えながら歩いて行く。
 今夜は半鐘も鳴るまい。

  夏目漱石「虞美人草」より抜粋(新潮文庫 P. 241)


 お話の中に、教えがあるものや、読んでいて心が洗われる作品が好きです。
 またはアート的な要素が詰まっているもの。
 たとえ題材が好きな感じでなくとも、 
文体や言葉が美しいとぎゅっと胸を締め付けられそうになる。 
そんな感じのものがいいな。 
これは漱石が朝日新聞に入社してはじめて書いた長編で、
当時すごく話題になったそう。
 エゴイスティックなヒロイン含め、周りに登場する人物像も 
私の中ではあまり魅力的ではなくて 
どちらかというとお話の内容は好きではないのですが、
 本編に折り重ねられる言葉が素敵で、
何度も読み返したくなります。 
(ところで虞美人草とはまたまたポピーのこと)


先日母から届いた小包の中に私の好きなお香屋さんのお香が入っていました。
さっぱりしているのでお客様が来るときに焚いてもいいなと思いました。
 友人に頂いた陶器の小物入れを香炉にして。
 お懐紙も同じ友人の歌舞伎座のお土産で 
よく見えないけれど歌舞伎面の絵が入っていてお茶目♪


「虞美人草」にはいくつか気に入った文節があるのですが、
 今日はもうひとつだけ載せることにします。

 〜 

 外には白磁の香炉がある。
 線香の袋が蒼ざめた赤い色を机の角に出している。 
灰の中に立てた五六本は、一点の紅から烟となって消えて行く。 
香は仏に似ている。 
色は流るる藍である。 
根元から濃く立ち騰るうちに右に揺き左へ揺く。 
揺く度に幅が広くなる。
 幅が広くなるうちに色が薄くなる。 
薄くなる帯のなかに濃い筋がゆるやかに流れて、
 仕舞には広い幅も、帯も、濃い筋も行方知れずになる。 
時に燃え尽した灰がぱたりと、棒のまま倒れる。 

夏目漱石「虞美人草」より抜粋(新潮文庫 P. 352) 

===

 あるシーンのたったヒトコマに出てくるお線香の様子を 
10節に渡って彼が描く文章。 
実際にお線香や棒状のお香が燃えるのを観察していると、
漱石が言った通りの様なのです。
 香の世界が好きなので、こういった描写を見つけると嬉しくなりますが、 
それ以上に彼の詩のような表現が素敵すぎます。


鬼頭天薫堂「鎌倉四季の香り 星月夜」

Sunday, July 21, 2013

I Don't Want A Parrot

"... opened the door a crack wide enough for the whole world to pass through."
from "Love in the Time of Cholera" by Gabriel Garcia Márquez


マルケスはこれまで何冊か読んでいますが、
この本は人に勧められるまで手に取ったことがありませんでした。
恋愛ものはあまり得意ではないのですが、
マルケスの淡々とした話の進め方は好きです。

ラヴェンダーは紐に吊るして乾燥させました。
このまま壁に飾っておこうかな、ポプリにしようかな。


 Love in the Time of Cholera by Gabriel García Márquez(英語訳です。)

Wednesday, June 12, 2013

Auden



ヴィクトリア滞在中、ずっと行きたいと思っていた本屋さんへ行きました。
ゆっくりはできなかったけれど、
帰り際、レジの近くで見つけた懐かしいオーデンの詩集を2冊買いました。
ひとつは自分に、もうひとつはあるお友達に読んで欲しいなと思って。

ウィスタン・ヒュー・オーデンをはじめて読んだのは10代の終わりの頃でした。
"Look, stranger, at this island now" というもの。
1936年にイギリスで出版された “Look, Stranger!” という詩集に載っていますが、
これは後に結婚することになるトーマス・マンの娘エリカへの贈り物だったそうです。

(37年に出版されたアメリカ版では「On This Island」とタイトルがかわっています。
オーデンとエリカ・マンとの関係は興味深いのですが、長くなるのでここでは割愛。)


イギリスで生まれ、アメリカへ移り、最後はウィーンで人生の幕を閉じたオーデンは、
400近い詩を残したそうです。
ポール・ヴァレリーやリルケやイェイツほど有名ではないかもしれませんが、
「Leap Before You Look(見るまえに飛べ)」や「September 1, 1939」という詩は
聞いたことがあるかもしれません。
彼は詩人としてはめずらしく作品のスタイルをコロコロ変えたそうで、
時代の思想に大きく左右されたようです。
題材に戦争への嫌悪感を示すものも多いのはそのせい。
自分の周りの出来事に関心を向け、常に物事への視点を改めてきた人。
インスピレーションと希望が詰まった「想像の世界」ではなく、
自分が今まさに自身の足で立っている世界を、
ときには辛辣に、描いていた作家なのだと私は思っています。

簡単にですが、"Look, stranger, at this island now"を

私の感じたように訳してみました。(完全な直訳ではないです)


〜〜〜

Look, stranger, at this island now
The leaping light for your delight discovers,
Stand stable here
And silent be,
That through the channels of the ear
May wander like a river
The swaying sound of the sea.

Here at the small field's ending pause
Where the chalk wall falls to the form, and its tall ledges
Oppose the pluck
And knock of the tide.
And the shingle scrambles after the sucking surf, and the gull lodges
A moment on its sheer side.

Far off like floating seeds the ships
Diverge on urgent voluntary errands;
And the full view
Indeed may enter
And move in memory as now these clouds do,
That pass the harbour mirror
And all the summer through the water saunter.

November, 1935


=

新たに来た者よ、見てごらん
君を喜ばすために飛び跳ねる光を
今この島で見ることができるだろう
ここにしっかり立って
じっとしていなさい
海の揺れ動く音が
耳の回線を通って
川のさすらいのように聞こえてくるから

その波打ち際で立ち止まってごらん
白亜の岸壁はその影を形作り
背の高い岩棚は
前後に引いたり伸びたりする潮に抵抗している
波の打ち飛沫のあとには水に洗われた小石が残され
険しい岸壁の淵にはカモメが一瞬止まる

このずっとむこうでは
まるで水に撒いた種のように
船がそれぞれの目的地に向かって 四方八方に広がっていく
この情景は実に長い間
記憶の中に色濃く残ることだろう
港の鏡のような水面に映し出された雲が
夏中ずっと水の中で揺らぎ続けるかのように

〜〜〜

夏の情景のヒトコマ。
この島(イギリス)の景色の美しさや岸辺の波音を自分でよく見て楽しんでと、
旅人に語りかけるところからこの詩は始まります。
「頑張って前進していきなさい。でも疲れたら海を見て休んでもいいよ。
君はこんなに美しい場所にいるんだから」
始めてこの詩を知った頃は私も日本を離れたばかりだったので、
この詩からはそんなメッセージが読み取れて・・。
そして私もよく学校帰りにボーッと海を眺めに行ったのでした。

「見る前に飛べ」などもそうですが、彼の詩は力強くて
地に根をはったような作品が多いのが特徴だと思います。


〜〜〜

今年で50周年を迎える1963年創業の個人経営の本屋さん。
現在の店舗には1984年に移転してきたそうですが、
その建物自体は古く、とても趣のある建築でした。
(お店についてはHPに記載があります。)
中もまるで美術館のような雰囲気で、ずっとその場にいたくなるような素敵な空間。

このお店、実は私が大好きな作家のアリス・マンローさんが、
当時のご主人とともにはじめられた本屋さんなのです。
現在はその元ご主人が経営を続けられているそうですが、
少しでもアリス・マンロー女史の世界を味わいたくてずっと行ってみたかったのでした。


本でも画材でも何でも、
今は大型店で安く手に入るのが当たり前になってきているけれど、
こういった個人で頑張っているところってすごく好きです。


Munro's Books (1108 Government Street Victoria, BC V8W 1Y2)
W. H. Auden's Selected Poems, edited by Edward Mendelson